【千葉ロッテ・マリーンズ 立川 隆史外野手】
素直に嬉しいと感じた気持ちを大切にして下さい
僕がリトルに入ったのは、小学校2年の時。3つ違いの兄が入っていた「新宿リトル」というチームでした。そもそも、小さい頃から父の早朝野球に連れて行ってもらっていて、バットとグローブは僕の遊び道具。そのチームに「新宿リトル」の関係者がいて、僕を誘ってくれたのだと、父から開きました。
練習は水、土、日の週3回。20人程度のチームで、強くはなかったのですが、練習はやけに厳しかった。とにかくいつも走らされていたように思います。最初の頃は、ヒザに手を当てて外野で声を出すだけ。それが少しずつプレーをさせてもらえるようになって、上達していくのが楽しかったんでしょうね。練習に連れていってくれる父が熱心だったこともありますが、1日も休んだことがなかったと思います。ポジションはキャッチャー、内野、ピッチャーもやったなあ。ほとんどのポジションをリトルで経験しました。幸い体格もよくて、遠くに飛ばすカだけはあったので、他の子よりも早く試合に使ってもらったように思います。
都会のど真ん中のチームだけに、毎回毎回場所を変えての練習。中でも鮮明に覚えているのが、ヤクルトも使う神宮の室内練習場で練習したこと。1時間程度でしたが、練習前に必ず(神宮)外苑の周りを走らされるんです。それがとにかくキッかった!なんでこんなに外苑は広いんだろう…って当時は思っていたのですが、今神宮に行くと、えらく狭く感じるんですよね。ヤクルトの選手もよく見ましたよ。どんな選手がいたかはあまり覚えていないのですが、子ども心に「プロ野球選手って大きいんだなあ」って見上げていたことは印象に残っています。
その後、小学校6年に父の仕事の関係で宮城に転枚。「塩釜シニア」に入団したのですが、練習にすぐになじむことができたのは、新宿リトルで基礎体力ができていたおかげだと思いますね。
野球は好きであることが一番です。それでたくさん練習した結果、試合に出してもらったり、いいプレーができたり、カキンッ、と大きいものが打てたり。そこで素直に嬉しいと感じた気持ちを、大切にして下さい。好きな選手や目標を決めるのもいいですね。僕にとってはそれが兄でした。小さい頃から兄に追いつきたいと思ったから、野球に打ち込めたし好きにもなれた。好きな選手のマネから入ってもいいんです。″好きこそものの上手なれ″です!
| 立川隆史(たちかわ・たかし) 1975年10月7日生まれ。右投右打、外野手。小6で宮城県、中3に千葉県へ転校。拓大紅陵高から94年ドラフト2位で千葉ロツテに入団。高校2年夏、甲子園準優勝。強肩強打の大型外野手。 |
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