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【横浜ベイスターズ 千葉 英貴投手】
入ったときは一番ヘタクソ。でも、あきらめなかった

千葉英貴=左端  「とにかくよく怒られた印象しかありません」。この間、八王子リトルの30周年祝賀会があったんです。一言あいさつを……とマイクを渡されて、思わずそういいました(笑)。ホント、とにかく、よく怒られた。手を抜いているのが自分だけじゃなくても、怒られるのは僕だけなんですよ。でもおかげで、怒られ慣れて図太くなった。その日はさすがにしゅんとするんですが、翌日にはもう平気でしたから。

 もともと野球はきらいだったんです。父親とキャッチボールするのが、泣きたいくらいイヤだった。それより、サッカーが好きでしたね。それが、少年野球をやっている友だちについていって、遊び半分にキャッチボールをしていたら、周りがやたらとおだてるんですよ。それに乗せられて、軟式野球を始めました。

 八王子リトルに入ったのは、中学1年のとき。だから正確には、リトルリーグはその年の夏までで、すぐにシニアの年齢になりました。でもね、すごくヘタクソだったんです。冗談抜きで。見学に行ったとき、球拾いを手伝っていたら送球が顔に当たるし、当時はファーストを守っていたんですけど、ゴロがきたらよけるくらい。野球センスがまるでなかった(笑)。とにかく、それまでやっていた軟式野球とはレベルがまるで違いました。27、28人がいっしょに入団したんですが、僕一人だけですよ、1年目にまったく試合に出させてもらえなかったのは。

 また、練習量がハンパじゃなくて。ついていくのが精一杯です。練習は水曜と土日だけなんですが、すぐにやめたくなりました。でも、そこで考えるんですよ。もし野球をやめてしまうと、土日にやることがなくなってしまうぞ……。結局、風邪をひいて熱があっても練習は休みませんでしたね。

 中学2年、シニアになって初めて、試合に出ました。それも、本職はファーストなのにいきなりピッチャーで。その試合でなぜか調子よくて、いいピッチングをしたんですよ。当時はオーバースローでね、タテのカーブが自分でも驚くくらい変化した。それでピッチャーをやるようになり、その後エースがケガしたこともあって、そのまま僕がエースになりました。不思議なもんですよ、入ったときは一番ヘタで、やめようやめようと思っていたのが、必死についていくうちにレベルが上がっていたんですから。

 いまリトルをやっていて、なかなか試合に出られなくても、あきらめないでがんばればきっといいことがあるはずです。なにしろ、僕がそうだったんですから(笑)。

写真:2001年12月12日に行われた横浜ベイスターズ新入団選手発表の席での千葉投手=左端。後ろは横浜・森監督

 千葉英貴(ちば・ひでき) 1983年10月25日生まれ。中学1年で八王子リトルに入団。シニア時代は全国大会も経験した。日大三高では2001年春、夏と甲子園に出場し、長身からのサイドハンドで抑え役。夏は全国優勝に輝いた。2001年ドラフト6位で横浜ペイスターズに人民。日大三の優勝メンバーからは、高校としては史上最多タイの4人がドラフト指名された。


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