【WKA世界ムエタイウェルター級チャンピオン 佐藤嘉洋さん】
ずっとヒーローになりたかった。いまはキックでNo.1をめざします
ヒーローになりたかったんですよ。もともと僕は変わったヤツで、クラスの“おかしなヤツランキング” ではつねに上位(笑)。目立ちたがりなんです。子どものころって、野球がうまいだけでヒーローでしょう。それが、名古屋北リーグに入った動機です。小学校4年のときですね。ただ、ヒーローになりたいわりにはハートが弱くて(笑)、ピッチャーはすぐに失格で、守備はおもに、ファーストかライト。名古屋北は、いまでこそ強豪ですけど、僕らのころは自慢できるような成績はありません。当時古木克明 (現横浜) がいた松阪と対戦したのはよく覚えていますが。
中1までリトルをやり、そのあと中学の野球部に入ったんですが、それと並行してキックボクシングを始めました。もともと格闘技が好きだったんですね。プロレスでもボクシングでもよく、たまたま家の近所にあったのがキックのジムだったんです。もちろん、野球に未練はありましたよ。でもだんだんキックがおもしろくなって、キックで一旗揚げてやろうか、と。大会に出るようになったのは、高枚に入ってからです。でも最初は、なかなか勝てなくてね。そのたびに、もうこんな屈辱はイヤだと、必死に練習しました。それ以後、高校2年から日本人には負けなしです。
この間、久しぶりに名古屋北のグラウンドに行きましたが、かなり整備されていましたね。僕らのころはそのグラウンドを使い始めたばかりで、練習はいつも、小石拾いから始まっていたんですよ。懐かしいなあ。いま思うと、あのころの練習は厳しかったけど、キックにも生きていますね。、投げることは右ストレートに通じますし、走り込みはバネにつながっている。ただ、小学生であまり厳しく指導するのはちょっと疑問です。僕には幸い、キックがありましたけど、卒団したあと目標を見失い、気持ちがゆるんでしまう友人もいましたから。
日本では、キックはまだまだマイナーですけど、人気、実力ともにナンバーワンになるのが僕の夢なんです。そのへん、ヒーローになりたかった子どものころと、なにも変わっていませんね(笑)。
| さとう・よしひろ 1981年1月25日 生まれ、名古屋市出身。中学2年で 名古屋JKファクトリーに入門してキックボクシングを始め、高校3年でプロデビューすると01年、20歳でムエタイの世界チャンピオンに。184cm、72k9。得意は首投げからのヒザで、「地獄のヒザ」「Knee Kin9」など のニックネームを持つ。プロ通算は16勝(8KO)2敗。 |
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