【横浜ベイスターズ 古木克明内野手】
リトル通算66本は毎晩庭でバットを振った結果
1996年に全国制覇した「松阪リーグ」、ここが僕の出身チームです。僕は小学校3年で近所のボーイズリーグに入団したのですが、人数が少なくて試合ができない。そこで両親が、この松阪のチームを探してきてくれて、4年で「松阪リーグ」に入団しました。当時はまだ無名チーム。僕も「試合ができる」、ただ、それが楽しみでなりませんでした。
父が野球好きで、小さいころからよくキャッチボールをしていました。リトルに入団してからは、毎週末はリトルの練習。平日は、夜、父と2人で練習をしていました。自宅の庭にティーネットを作ってもらい、2人でティーバッティング。でも、金属バットの音が響いて近所迷惑になってしまうので、当時から木のバットを使用。高いバットも買えないので、1、000円ほどの軟式用の安いバットで硬球を打って練習をしていましたね。
そのかいあってか、当時からボールを遠くに飛ばすパワーはずば抜けていたようです。入団してすぐ、「同じ年代のチームではカがありすぎて危ない」という理由で上級生のチームヘ。初めての試合ではショートで出場して、決勝ホームラン! 衝撃的なデビューを飾ることができました(笑)。
当時、僕にとってのホームランは、″思い切り振ればいい″、ただ、それだけの簡単なものだと思っていました。また、当時はピッチャーもやっていて、4年生では2番手。5、6年ではエースでした。でも、バッティングと同じで、力任せ。ストレートでバンパン三振をとる、豪腕ピッチャーでした。
中学1年では、東海地区で準優勝。惜しくも全国大会に出場はできませんでしたが、西日本大会に出場。準優勝したのが最高の成績です。それでもホームランは通算66本。この「ぼくらリトルリーグ」に載せていただいたのもいい思い出です。
当時から、僕の夢は「プロ野球選手になること」でした。夢はあきらめずにやるものだと思って、練習をしていました。その思いを貰いて、今、こうしてプロでプレーする自分がいます。今、リトルで野球をしている皆さんも、自分の夢をあきらめずに、頑張ってください。
| 古木克明(ふるき・かつあき) 1980年11月10日生まれ。右投左打、内野手。背番号33。豊田大谷高から99年ドラフト1位で横浜入団。豊田大谷では97、98年夏に甲子園出場し、98年にはベスト4進出。昨季は9月以降の34試合で9本塁打。また11月のインターコンチネンタルカップでは、全日本の4番として活躍。和製大砲として期待されている。 |
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