【読売ジャイアンツ 李 景一 捕手】
大先輩清原さんとリトルの話をします
家の近くのチームで軟式をやっていたんですが、小学校3年で岸和田リトルに入りました。でも家からグラウンドまでがむっちゃ遠くて、自転車で40分かかるんですよ。こんなに遠かったら、オレは軟式でいいよ……といったんですが、おかんは「軟式やっててもアカン!」と、半ば強制的にやったようなものです。
当時は火、木以外はすべて練習。学校から帰ると玄関にユニフォームが用意してあって、おにぎりをほおばりながら自転車でグラウンドに行く。必死でこぎますから、到着するころには足がパンパンです。あんなガキの時分に、よう通ったと思いますわ。あっ、でも“だんじり”の日は、試合がなければ練習休みでしたね(笑)。とにかく、グラウンドまで行くのがいっちゃんしんどいんです。ただ、人数も多かったし、練習も厳しかったけど、やめようと思ったことはないですね。最後の年は、関西の第2代表で全日本選手権に出ましたが、準々決勝で優勝した江戸川南に負けました。むっちゃ強かったですわ。
岸和田といえば清原(和博・現巨人)さんでしょう。キヨさんの実家は電器屋さんなんですが、僕はその前を自転車で通ってグラウンドまで行っていたものです。でときどき、なんの予告もなく、本人がグラウンドに来たりするんですよ。僕が5年生のときだったかな、キヨさんがグラウンドに来て「お〜、なんか質問あるヤツはいるか」。でもみんな緊張して、なかなか手をあげないんですね。僕はたまたま大きかったものだから、「そこのデカいヤツ、なんかあるか」(笑)。その前の年、西武が日本一になっているんです。ウイニングボールを揃ったのが清原さんだというのを覚えていましたから「あのボールはどうしているんですか」と質問した記憶がありますね。いまはチームの大先輩で、ときどきはリトルの読もしますけど、さすがにそのときの話はしたことない(笑)。
いろいろ話を聞くと、いまのリトルリーグの子たちって、親が甘くないすか。グラウンドに送り迎えしたり、至れり尽くせりで、あれはいかん。自転車でぜえぜえいいながら通わんと。僕なんか、家でバットを振らないとおかんにしばかれてましたよ(芙)。でも、そのおかげでいまがあるのかもしれません。
| ■り・けいいち 1982年4月26日、大阪府生まれ。岸和田リトル、忠 岡ボーイズから敦賀気比高校へ。超高校級左腕・内海哲也(現東京ガス)とのバッテリーで注目されるが、甲子園出場はなし。00年ドラフト8位指名で巨人に入団。バッティングの潜在能力は高く、現在は一塁手としても二軍戦で修行中。 |
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