【愛知衣浦リーグOB/中日ドラゴンズ 岩瀬仁紀投手】
夢をかなえるために夢中でボールを追いかけた日々。 強い意志で夢に向かっていれば、必ずかなうのです。
「キャッチボールやろう!」オヤジが仕事から帰宅すると、すぐに僕はキャッチボールをせがみました。それも毎日! もちろん、仕事でオヤジが疲れているなんて頭にはありません。小学校入学の頃から、野球が大好き。僕の相手をしてくれるのはオヤジしかいませんでした。オヤジも毎日、僕の相手をするのも大変だったのでしょう。「いつかチームに入りたい」そんな僕の言葉に、いの一番に愛知衣浦リトルリーグを探してきてくれました。僕がまだ小学校2年生のときのことです。本来は、4年生からの入団ですが、特別に入団を認めてもらいました。同時期に入団した4年生の選手と、体格、キャッチボールにバッティングは負けていませんでした。
バットがボールに当たって飛んでいくのを見ては、野球って楽しい! と思う毎日。練習の行われる土日だけが楽しみでした。僕は絶対に将来プロ野球選手になる。プロ野球選手になるのに、何で学校に行って勉強なんかしなくちゃいけないんだ、と思っていたくらいです(笑)。
愛知衣浦はそんなに強いチームではありませんでした。3年生になって投手として試合に出してもらうようになり、正直、自分が一番うまいと思ってプレーしていました。だんだん、このチームでの野球に物足りなさを感じるようになり、小学校5年生のとき一時退団。近くの少年野球チームに入部したのですが、半年後に再度、リトルに復帰。その短い間で、レベルアップしていたチームメートに衝撃を受けました。投げては打たれる、バッターボックスでは抑えられる。自分よりもスゴイと思う選手ばかり。僕も頑張らなければいけない。そう思ってからの自分は変わりました。練習への取り組み方。チームメートとの協調性。そこから、本当の意味での僕の野球選手としての成長があったと思います。
いま、改めて振り返れば、リトルは僕にとっての原点です。うまくなりたい一心で、夢中でボールを追いかけた毎日。時間さえあれば野球をしていました。何事もそうだと思うのですが、あきらめた時点で終わりです。あきらめなければ何かしらの道しるべができるものです。僕も、一度退団していても、再度、チームに戻って、自分の野球を見つめなおした。あきらめずに頑張り続けた。だからこそ、こうして今、プロでプレーできる自分がいるのです。夢はあきらめた時点で終わりです。決めるのは自分自身。強い意志を持って夢に向かっていれば、必ずかなう。そう信じて頑張ってください。
岩瀬 仁紀(いわせ・ひとき) 1974年11月10日生まれ。愛知県出身。左投げ左打ち。180cm、81k9。西尾東高、愛知大、NTT東海から、1998年ドラフト2巡目で中日入団。昨年はシーズン最多セーブ記録を更新した。日本球界を代表するストッパー。背番号13。 |
|
|